バリ・ガムラン講座

ここはまじめなバリ・ガムラン講座です。
いろいろな種類のガムランを体系的に解説していきます。
まずはガムランを認識するのに重要な分類法というか区分があるので、それから解説して行こうと思います。
なお、これはチャガの論文を改訂したものなので、表現が堅苦しいのはお許し下さい。

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注意・・・ここに記載されている文章の無断転載はお止め下さい。かならずチャガまで連絡してください!

1.ガムランの聖俗3分類

 ワリ、ブバリ、バリバリアンという言葉を時々耳にすることもあると思うが、これがバリ舞踊およびバリ・ガムランの聖俗3分類で示されるカテゴリーの名前である。
 これは、1971年にバリの有識者によって開かれた「神聖な舞踊と世俗的な舞踊に関するセミナー」に端を発している。バリ島でマス・ツーリズムの始まった頃から、寺院や遺跡の見学と同時に、寺院祭礼や芸能の鑑賞がバリ観光の特徴として大きくとりあげられ、寺院の祭礼の際に奉納される芸能を、そのままレストランなどで観光客に対して上演することが日常的に行なわれていた。しかし、観光客がより「オーセンティックな(=本物の)」舞踊の姿を求めて寺院にやってくるようになると、儀礼の乱れや観光客のもたらす混乱に対し、バリ島内で非難の声が出始めた。このような状況の中で、観光の商品としての芸能と奉納芸としての芸能とを区別するために、このセミナーが開催された。そしてついには、「聖なる舞踊」を観光客に対して上演することを禁じ、観光客に対して寺院への立ち入りを制限する動きも出始めた。このセミナーでスグリウォI Gusti Bagus Sugriwaによって提案され、成立したのが舞踊の聖俗3分類法である。現在はこの概念はバリ・ガムランにも転用され、バリの人々の一般的な認識となっている。
 この分類法は、寺院の敷地区分がその基準である。一般にバリ島南部では、聖なる方角カジャKajaはアグン山のある北を指す。そのカジャ側から、寺院の敷地は壁と門とによって3つに分けられる。一番奥の聖なる方角はジェロアンJeroan、真中はジャボ・トゥンガJaba Tengah、一番南はジャボ・シシJaba Sisiと呼ばれる。この敷地の区分に従って分類される舞踊とガムランのうち、ジェロアンで行なわれ、神に捧げられるものをワリWaliと呼び、ジャボ・トゥンガで行なうのもので儀礼に付随する舞踊とガムランをブバリBebali、そしてジャボ・シシで行なわれ、主に人間を対象に行なわれる娯楽的要素の強いものをバリ・バリアンBalih-balihanと呼ぶ。ただし、この分類法をガムランに当てはめようとすると、葬儀で用いられる種類のガムランのように、どこにも該当しないようなものも出てくる。またさらに、そのガムランとガムランが伴奏を行なう舞踊の分類が一致しないこともある。そのため、この分類をガムランに当てはめようとすると、舞踊とは異なる要素によってカテゴリー分けをすることになる。
 ワリに分類されているものは、いずれも儀礼と密接に関わっているものである。スロンディンSlondingはバリ東部のカランガッサム県トゥンガナン村などに存在し、楽器そのものやその音が神聖なものとされるガムランである。近年まではその録音も禁じられていた。ゴン・ベリGong Bheriはバリ島南部、デンパサール市レノン村、サヌール村に見られるもので、バリス・チナBaris Cinaと呼ばれる舞踊の伴奏に使われるガムランである。ガムラン自体はワリに分類されているが、寺院ではバリ・バリアンの舞踊を行なう区分であるジャボ・シシで舞踊と共に演奏される。グンデル・ワヤンGender Wayangは影絵の伴奏という役目より、人生の節目における重要な儀礼の際になくてはならない楽器として認識されている。ゴン・グデGong Gedeは現在、その大編成である楽器の規模を集落が人的に、経済的に維持するのが困難で、ゴン・クビャールGong Kebyarで代用されていることが多いものである。寺院の祭礼では、ジェロアンにおいてルランバタンLelanbatanとよばれる伝統曲を演奏したり、ルジャンやバリスなどといった神への奉納の舞踊の伴奏に使用されている。
 ブバリに分類されているものは、大規模な儀礼において、より「完璧な」儀礼を行なうために演奏されるもので、小規模な儀礼の場合は省略されてしまうこともある。ガンブーGambuhは舞踊劇ガンブーを伴奏するためのものであり、寺院のジャボ・トゥンガや、王族貴族の屋敷の中庭で行なわれる。ガンブーを伝えてきたことで有名なのは、デンパサール市ではプドゥンガンPedunganという村、ギャニアール県ではバトゥアン村Batuanである。スマル・プグリンガンSemar Pegulinganが儀礼で用いられるのは最近の傾向で、ガンブーの代わりに演奏される。本来はスマル・プグリンガンで舞踊の伴奏をすることはなく、ガムランの演奏だけを行なうのだが、最近ではこれで仮面舞踊トペンの伴奏をしたり、舞踊劇ガンブーの伴奏をすることもある。さらに、裕福な一般家庭の儀礼において演奏されることもある。
 バリ・バリアンに分類されているものは、儀礼で何らかの役割を担うことがほとんどない。儀礼の余興として演奏されたり、純粋に観賞用として演奏されるものである。したがって、これらのガムランは観光公演でもよく用いられる。特に、ゴン・クビャールやジョゲッド・ブンブンJoged Bumbungが、レストランのディナーショーで舞踊の伴奏として演奏されたり、これらのガムランの主要楽器だけが、ホテルのエントランスで演奏されたりしている。
 つまりガムランにおいて聖俗の分類といった場合、寺院の区分にとらわれるのではなく、主に儀礼との関わりにおいて聖俗の分類が認識されるようである。

ガムランの聖俗3分類表
聖俗の区分 ガムランの種類
ワリ Wali スロンディン Slonding
ゴン・ベリ Gong Bheri
グンデル・ワヤン Gender Wayang
ゴン・グデ Gong Gede
ブバリ Bebali ガンブー Gambuh
スマル・プグリンガン Semar Pegulingan
バリ・バリアン Balih=balihan ゴン・クビャール Gong Kebyar
プレゴンガン Pelegongan
ブバロンガン Bebarongan
ジョゲッド・ブンブン Joged Bumbung
ジェゴッグ Jegog
アルジャ Arja

2.ガムランの歴史的3区分

 インドネシア舞踊芸術専門学校(ASTI)では1973年にガンブーGambuhとよばれる芸能についてのワークショップが開かれた。このガンブーは現在演じられているバリの多くの舞踊のもとになった芸能であり、後のガムランに大きな影響を与えたといわれるものである。このワークショップで初めて、ガムランの演奏家・研究家であるルンバンI Nyoman Rembangによって示されたのが、ガムランの歴史的3区分である。その後、1977/78年度に、インドネシア舞踊専門学校デンパサール校の学校発展プロジェクトがガムラン入門書を発行したが、この中にもガムランの歴史的3区分が示されている(I Wy. Dibia著)。 これらの歴史的3区分はバリの歴史を、
 1.古代(ヒンドゥー=ジャワの影響下にあった時代を含む)
 2.マジャパイト王国Majapahitが滅亡し、王族、貴族がバリへ逃げてきて国家を形成していた時代
 3.オランダの植民地となった20世紀初頭から現在までの時代
の3つに区分した上で、これらの時代のいつ頃、どのガムランが成立し、存在したのかを示している。ただし、これら両者の歴史区分は同じでも、そこに含まれるガムランは少々違っている。またプラクンパPrakempaやアジ・グルニタAji Gernitaといった古文書に記されたものもこれらの区分とは異なる。ここでは両者(古文書については別の機会に記述する予定)の細かな差異は気にせずに、概略のみを記しておく(下記の表参照のこと)。
 この区分にしたがってガムランを分類するにあたっては、いくつかの分類基準があるように見受けられる。そのひとつは、儀礼や社会との関係性である。
 古代には一般的に、儀礼との関わりが深く、先に述べたワリのものが多く含まれる。特に、スロンディンが楽器や音そのものが神であると考えられているガムランであり、ガンバンが鍵板に使われている木に聖なる力が宿るとされるガムランであるなど、「聖なる力」との関わりが重視される。
 中世には、宮廷文化との関わりが深いものが含まれる。まず、ガンブーは現在演奏されている多くのガムランの原型となったものである。スマル・プグリンガンは、このガンブーの楽曲を青銅製鍵板のアンサンブルによって演奏できるようにしたものであり、プレゴンガンは、このスマル・プグリンガンの楽器が奏でる5つの調 のうち、スリシールSelisirというひとつの調だけを演奏できるようにしたものである。ブバロンガンはプレゴンガンとほぼ同じ楽器編成である。また、ゴン・グデは宮廷の権威を示すものであり、ジョゲッドなどは宮廷内の余興であった。またこの時代はヒンドゥー=ジャワがバリにもたらされ、発展した時期でもあり、これらはこの影響下に発達したガムランであるとも考えられる。
 近代には村を中心とする社会、民衆に親しまれているものが含まれる。19世紀から20世紀の初頭にかけてのオランダの侵攻によって、バリ各地の王族貴族がププタンPuputanと呼ばれる集団自決を行なうと、宮廷は一時断絶した。その権力は剥奪され、宮廷文化は維持することが困難になった。これを機に、近代では村を中心とした社会が音楽の担い手となっていった。維持が特に困難なガムランは村社会に下賜され、新たなるガムランとして生まれ変わる。その演奏される対象も、神や王族などから一般の民衆へと変化した。ゴン・クビャールで踊られる舞踊も、アルジャも、ジョゲッド・ブンブンもジャンゲルも、すべては民衆の娯楽として発達したものである。
 もうひとつの分類基準は、その楽器編成と楽器の役割である。
 古代に分類されるガムランの特徴としてあげられるのは、クンダンKendangすなわち太鼓の役割が限られていること、こぶ付ゴング属の楽器よりは平らな鍵板で構成されるガムランが多いこと、そして、スリンSulingとよばれる笛とルバブRebabとよばれる弦楽器が含まれないことである。加えて、クンダンが全体をリードする役割を持たないところに最大の特徴がある。各々のガムランが持つ音階は多様であるが、楽器編成の特徴に従って、系統立って発達したと考えられる (音階については別の機会に詳述する予定)。
 中世に分類されるガムランの特徴は、クンダンの役割が古代のものよりはっきりしてきたことである。クンダンは、この時代に多く発達した大編成のガムランをコントロールするのみならず、舞踊や演劇をガムランと密接に結びつけるため、踊り手とコンタクトをとるなど、指揮者のような重要な役割を担っている。そしてすべての形態の楽器が揃ったのもこの時代である。
 近代では、さらにその傾向が強まり、クンダン奏者は指揮者でありながら、派手なパフォーマンスを演じるソリストともなっている。
 ちなみにこの歴史的区分は、研究者の間では一般的な認識だが、バリの普通の人々には一般的な認識ではないと思う。普通の人々は、今はやっている新しいもの以外はすべて「昔からある」ということが多い。

ガムランの歴史的3区分表
歴史(時代)区分 ガムランの種類
古代 Tua スロンディン Slonding
グンデル・ワヤン Gender Wayang
ゴン・ベリ Gong Bheri
ガンバン Gambang
チャルック Caruk
ゴン・ルワン Gong Luwang
アンクルン Angklung
ブボナンガン Bebonangan
中世 Madya ガンブー Gambuh
スマル・プグリンガン Semar Pegulingan
プレゴンガン Pelegongan
ブバロンガン Bebarongan
ゴン・グデ Gong Gede
ジョゲッ・ピンギタン Joged Pingitan/ガンドゥルン Gandurung
近代 Baru ゴン・クビャール Gong Kebyar
ガムラン・アルジャ Gamelan Arja
ジョゲッ・ブンブン Joged Bumbung
ジャンゲル Jangger
ジェゴッグ Jegog

◆参考までに--バリの歴史区分とガムランの関係
 バリでは多くの人々が、自分の祖先を「東ジャワに成立したマジャパイト王国が崩壊する際に、ヒンドゥー教への信仰を守るためバリへ逃げてきた人々である」と信じている。これは歴史的に見て、マジャパイト王国の崩壊する年代とバリでゲルゲル王朝の発達した時代とに矛盾があり、信憑性が確かではない。しかし、今日のバリの文化はこの事件以降に形成されたという考えは一般的である。これが16世紀ごろであり、バリの中世はここから始まるとされ、歴史区分の基準となる。
 それ以前は古代と区分され、古代もさらに2つの時代に分けられている。石碑や銅板文書等に記される以前の考古学的時代(9世紀以前)と、石碑や銅板文書に記された最古の王朝よりマジャパイト王国の崩壊にいたるまでの古代王朝期(9世紀から16世紀ごろ)である。考古学的古代にインドからの影響、あるいはヒンドゥー教の影響があったかどうか不明である。しかし古代王朝期には、すでにインドからの直接の影響がみられ、ヒンドゥー教も導入されていたことがわかっている。
 近代および現代は、バリ全島がオランダの植民地となった今世紀の初頭から始まったとされている。19世紀の半ばからのオランダの統治によってバリの社会は大きく変化した。大きな社会の変化は、それにともなう儀礼や芸能に大きな変化をもたらしたと考えられる。オランダの「倫理政策」によって王の火葬儀礼におこなわれていたサティSati が禁じられたり、神々への崇拝が禁じられたりした[『踊る島バリ』p.304]。また、20世紀に入ってからの王国の崩壊は、ゴン・グデとよばれる大規模なガムランや宮廷内で演奏されてきたスマル・プグリンガンとよばれるガムランの維持を困難にし、それらの芸能が衰退するきっかけとなった。そして、それらのガムランの多くが民衆に下賜され、当時の流行であったゴン・クビャールへと鋳造され直したとき、新たなる芸能の誕生を見ることになったのである。

3.スロンディン Slonding

 このガムランは先に見てきた分類では、ワリに分類され、古代からあるとされるガムランである。バリ島東部カランガッサム県などのバリ・アガBali Aga 1)とよばれる、バリ島の先住民の村などで、儀礼に際して用いられる。トゥンガナンTengananにあるものが特に有名である。
 このスロンディンがきわめて特徴的なのは、鍵板が鉄製であることである。両手に木槌状の桴を持ち、両手の桴で鍵板をたたいて、手首で音を止めていく。ちょうどグンデル・ワヤンの演奏法のような感じである。音階は7音ペロッグPelogで、演奏する曲によって、サイsaih(=調)が決まっている。
 トゥンガナン村のものは音が神聖視されていたため、かつては録音することも禁じられていた。しかし近年では、トゥンガナン村出身のSTSI(=Sekolah Tinggi Seni Indonesia Denpasar インドネシア国立芸術大学デンパサール校)の先生が、村から持ち出して演奏したり、録音したりできるよう、新たなセットを作ったため、村の外でもきくことができる。
 スロンディンというガムラン自体は、カランガッサム県以外にもバングリ県バンバン村Ds.Bambang, Bangli等にもあり、機会があればこれらの村のものも聴くことができる。

*ガムラン写真館参照

1)バリアガ:マジャパイト王国が崩壊して多くの人々がジャワからバリへ移住してくる以前からバリに住んでいたと考えられている人々
2)ペロッグ:1オクターブを均等に7音に分けた音階。

4.ゴン・ベリ Gong Bheri

 このガムランも先に見てきた分類では、ワリのガムラン、古代のガムランに分類される。バリ島南部というか、デンパサール市のごく一部で用いられている。バリス・チナBaris Cinaと呼ばれる踊りを伴奏するもので、ワリに分類されながら、寺院の外でも演奏されるものである。
 ゴン・ベリの特徴は、他のガムランのように、明快な音階を持たないことである。他のガムランでは、音階があって、それが旋律を形成し、そしてそれを装飾してゆく。このゴン・ベリはほとんど純粋なリズム・アンサンブルで、胴の丸いクンダンKendang(太鼓)各種とこぶのないゴング(普通、バリやジャワのガムランで用いられるゴングはこぶがあり、これで音の高さを確定している)から成立している。
 このゴン・ベリはデンパサールの南部、レノン地区のものが有名で、ここでは踊り手がトランスに入ることも有名だが、ゴン・ベリとバリス・チナ自体はサヌールでも見ることができる。レノンのものはバリ暦のクニンガンKuninganの日に行われるオダランOdalan(寺院の創立記念祭)で演じられるが、サヌールのものはウサバUsabaとよばれる、バリ暦でも月の満ち欠けで決まるほうの暦で、1年に1回行われる祭礼の際に演じられている。サヌールのものは、たんたんと演じられていて、トランスに入らないで終わってしまうこともある。

5.ガンバン/ゴン・サロン Gambang/Gong Saron

 このガムランも、ワリ、古代に分類されるガムランである。お葬式の際に使われるものとして有名ながら、大規模なお葬式でしかお目にかかることはできない。ガンバンとも、ゴン・サロンとも呼ばれているものである。
 このガムランの編成は地域によって異なっている。今回(2001年)のサヌールで行なわれたニェカという儀礼(一連の葬儀の最後の過程である)で見たものは、ロンタル椰子の木の幹から作られている鍵板をもった楽器と、青銅製の鍵板を持つ楽器、コブ付のゴング属の楽器、数種類からなる。
 一連の儀礼の際には、魂の依り代に近いところで演奏されるが、これは、この楽器には死者の魂を守る力があると信じられているからである。

*写真館参照(サヌールのもの)
*ガムラン写真館参照(クラマスのもの)

6.グンデル・ワヤン Gender Wayang

 実はこのガムランは、分類をめぐって、ちょっとした意見の食い違いがあるものである。通常、研究者はこのガムランをブバリ(儀礼の音楽)として扱うが、バリの人々で研究者でない人々はほとんど、ワリとして扱う。ブバリという分類が、実は定義があいまいで、不正確なものであることは、先に分類法の項で示したとおり。そこで、ここではグンデル・ワヤンはワリである、と捉えることにする。古代からあるガムランであることに対しては意見の相違はない。
 グンデル・ワヤンは、10枚の青銅製の鍵板を鉄琴状に配した楽器で、鍵板は支柱からひもで吊るされ、その下に共鳴筒をおく構造をもつ。スレンドロと呼ばれる5音音階を持ち、その音域は2オクターブである。ひとりが一台を担当し、両手に桴をもって演奏する。2台のグンデル・ワヤンを一対とし、この一対の楽器がひとつの旋律を成立させている。
 ワヤン・クリッWayang Kulit(影絵芝居)に使うことで有名であるが、そのほかにも儀礼として行なわれるワヤン・ルマWayang Lemah(昼のワヤン。スクリーンを使わず、2本の木の間に渡された糸を背景として行なう)や、ワヤン・ウォン(人間のワヤン。人形の代りに、仮面をかぶった人間が踊るもの)でも用いるし、デンパサールの一部地域では、ジャンゲルJangerの伴奏にもグンデル・ワヤンを使う。
 また、オダランなどで、もっとも内陣でひっそり演奏されていることもある。ガムラン・ゴン(ゴン・グデまたはゴン・クビャール)を持つことが出来ない村(費用の問題である)や持つことが出来なかった時代には、それらの代りにグンデル・ワヤンがその代用とされることも多かった。
 しかし、なんと言ってもグンデル・ワヤンが特徴的なのは、人間の生死のサイクルに必要不可欠なガムランであることである。特に、ムタタ(削歯儀礼=成人の儀礼)ではどんなに質素な儀礼であっても、他のガムランで代用することはできない。グンデル・ワヤンの音のみが、人間の魂を悪霊たちから守り、人間の6つの穢れ(獣性)を祓うことができる、とされているからである。また、デンパサール地域では原則的に高位カーストの人々の葬儀に限られるが、バデとよばれる死体をのせて墓場まで運ぶ輿に、グンデル・ワヤンと演奏者が結び付けられ、人々に担がれながら、墓場までの道のりをずっと伴奏していく、ということも行なわれる(これをバデアウィンBadeawinという)。これは死者の魂を天界に導くために行なうのだとされている。

7.ゴン・ルワン Gong Luwang

 このガムランは、先の歴史的区分でいえば、古楽に分類されるものであるが、これほど村によって違うガムランもあるのか、と驚かされるものである。
 ゴン・ルワンで一般に有名で、よくバリ・ポストなどで理想の音を持つガムランとして取り上げられていたのは、クルンクン県タンカス村Ds.Tangkas,Klungkungのものである。この村のゴン・ルワンは、サロン(青銅製の鍵板楽器、大1、小2)3台、レヨン状の楽器(名称不明、ゴング属の楽器で、4つづつ台にのったもの)4台、木製の鍵板楽器(ガンバン状の楽器、名称不明)2台、小さな両面太鼓1台、クンプール(ゴングのこと)で構成されている。サロンの演奏者は2名で、ひとりが大きいサロンと小さいサロンを両手で演奏し、もうひとりは小さいサロンを両手に桴をもって演奏する。レヨン状の楽器は、ひとりが1台ずつを担当している。ガンバンは曲によっては使用しない。
 このタンカス村のゴン・ルワンで非常に特徴的なのは、両面太鼓の使い方である。小さい両面太鼓(ルバナ、という名称だったと思う)は、片面を直接地面につけておいてしまい、桴で無造作にたたいてしまう。結果として、太鼓両面の皮の音を聞かせるような使い方はなされていない。クンプール奏者が兼任し、クンプールをたたく直前にならされる。
 これに対して、バドゥン県クロボカン・トゥンガ集落Br.Tengah Krobokan,Badungにあるゴン・ルワンは音楽的にゴン・クビャールに近いものである。楽器の構成はタンカス村と全く異なる。この集落のゴン・ルワンは、レヨン状の楽器(名称不明、ゴング属の楽器で8つづつ台にのったもの)2台、サロン2台、木製の鍵板楽器(ガンバン状の楽器、名称不明)2台、ジュブラッグ(青銅製の鍵板楽器、サロンとは異なり、鍵板を皮ひもでつったもの=グンデルと同じ構造、8鍵)2台、ジェゴガン(青銅製の鍵盤楽器、鍵板を皮ひもでつったもの)2台、クンダン(両面太鼓、現在使われているものと全く同じ普通のもの)1台、カジャール(青銅製のゴング属の楽器で、拍節をとるもの)1台、チェンチェン(小型のシンバル)1台、ゴング、クンプール1セットで構成されている。レヨン状の楽器は4人で演奏され、サロンはひとりづつ、片手に桴をもって片手で鍵板をたたく(普通のたたき方である)。ガンバン状の楽器は2台をひとりで演奏し、両手に桴を持って演奏する。太鼓は1台しかなく、番にはなっていない。
 この村のものは、ジュブラッグやジェゴガンといった低音楽器が存在し、クンプールやゴングの周期が比較的はっきりしていることから、非常に音楽的拍節がとりやすく、楽曲構造がわかりやすい。ひとつの旋律が比較的長く、楽曲としてまとまっている。タンカス村のものが、比較的短い周期の旋律を、繰り返して演奏するようなタイプの楽曲で、実際に旋律の切れ目(でも楽曲は終わっていない状態)で演奏が小休止しても問題にならないのと比較すると、より現代的な曲の構成であるといえる(伝統的な楽曲はしばしば、ひとつの旋律は短く、それを繰り返し演奏するような構成になっているが、これは儀礼などで用いる際に便利な構成なのである。儀礼の進行によっては、長くも短くも演奏でき、ごくまれには儀礼の進行をまって、曲の途中で小休止し、飲み物を飲むことも可能なのである)。
 ゴン・ルワンは一連の葬儀(葬儀には、有名な火葬=ンガベンNgabenのみではなく、多くの儀礼が含まれる)の中で用いられるガムランだが、どのような場面で用いられるのかについては未調査である。

*ガムラン写真館参照

8.アンクルン Angklung

 このガムランは、古楽に分類されるもので、火葬儀礼ンガベンに用いられることで有名なものである。バリ島南部で普通に使われているのは、青銅製の鍵板を4枚吊った鉄琴状の楽器のアンサンブルであり、これに小さなクンダン、小さなゴング属の楽器(レヨンとはいわないが、レヨン状のもの)、あまり大きくないゴングが加わっている。この場合のクンダンは両面太鼓だが、かなり小さいため、片方のわきの下にこれを挟み、片面のみを桴と手でたたいて使用する。また、レヨン状の楽器には通常、これを置く台がなく、首から下げられるようになっている棒の両端に、ひとつづつ小さなゴング属の楽器をつけて演奏する。音階はスレンドロ音階(5つの音で1オクターブを構成する音階)なのだが、南部では通常、このうちの4つの音しか使用しない。地域によっては、音数が異なるものもあるという。
 比較的新しい、おそらくは20世紀に入ってからアンクルンから派生したものとして、アンクルン・クビャールというアンサンブルもある。小さなゴング属の楽器をゴン・クビャールのレヨンという楽器のように配置して、これでゴン・クビャールを演奏できるようにしたものである。こちらは主に、持ち歩きをして演奏するものではなく(火葬儀礼等では行進時に用いられるので持ち歩くこともある)、踊りの伴奏などを行なうのに用いられている。
 また、アンクルンにはアンクルン・スマル・プグリンガンという種類のものがある。こちらは主に、北部バリで用いられるものであるようである。これは2オクターブ=8枚鍵板のアンクルン・クビャールである。音域が広がることで、より音楽的にゴン・クビャールに近いものとなっている。
 ちなみに、アンクルンといえば、インドネシア一帯で見られる竹製の振り筒があるが、こちらはアンクルン・コチョックAngklung Kocok(振るアンクルン)とバリでは呼ばれ、明確に区別される。伝統的にはこれを用いて演奏するような機会はなかったようであるが、最近ではSTSI(インドネシア国立芸術大学-デンパサール校)の公演などで、新作作品に使われることもある。

* この項目のアンクルン・スマル・プグリンガンについては、Sさんのご好意によりビデオで確認させていただくことができました。Sさん、ありがとうございました。

9.トロンポン・ブルック Trompong Beruk

 「昔はトロンポンもモンチョン(コブ付ゴングの形状のこと)じゃなくて、鍵板だったんだよ」という話を聞いて知っていたものの、実際の演奏の様子を始めて見た。
 今はモンチョンの形状をしている楽器というのは、第2次世界大戦前後の時期には、まだそれほど一般的だったわけではなく、多くの楽器が鍵板の形状だったという。この話をしてくれた人の住んでいるデンパサールのある村の楽器は、戦争中の日本占領下で日本軍に接収されないよう(兵器用の金属供出がバリでも行なわれた)、カヤンガン寺院の墓地に埋められたなどという逸話もあるのだが、このときの楽器がどうやらこの形状だったらしい。
 現在、このトロンポンをもっているのは、カランガッサム県のアバンAbangなどである。今回、Sさんに拝借したビデオのアンサンブルは、2001年のバリ州芸術祭で公演が行なわれたもので、カランガッサム県スグSegahのものだというアナウンスが入っていた。このアンサンブルはTerompong Berukと呼ばれているものである。
 この楽器の分類項目等は、不明である。分類が成立した当時にはまだ広く認知されていなかったと見え、最近、ガムラン「博物館」(通称。STSI-DenpasarのLata Mahosadhi=アート・ドキュメンテーション・センターのこと。1997年開館)のパンフレット中でようやく触れられているぐらいのものである。人々の娯楽目的で使われたガムランで、儀礼等で用いられたり、王宮で何らかの役割を担ったりという事実はないようである。
 この楽器の最大の特徴は、トロンポンと呼ばれる主旋律を演奏する楽器が鍵板であること、そしてその鍵板が鉄製、共鳴筒はココナツの殻でできていることである。ちょうど鉄製の鍵板のひとつひとつの板の下に、くびれのないヒョウタンを吊るした状態に似ている。これをリンディック(ティンクリック)の台状のものに吊るし、これを2本の桴でたたく。このココナッツの殻のことをバリ語で「ブルックberuk」といい、ここからアンサンブルと楽器の名称が来ている。
 このアンサンブルは、STSI-Denpasarのアート・ドキュメンテーション・センターに実物が展示されている(1階)ので、ここで楽器を確認してみると面白いだろう。

* この項目については、Sさんのご好意によりビデオで確認させていただくことができました。Sさん、重ね重ねありがとうございました。
*写真館参照

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